そら、全員不合格になるわ。【感想】資本主義卒業試験

最終更新日

発売から9年程経っているが、今の方が世間に受けそうな内容。どこぞのアイドルが「努力は必ず報われる」などと大声で叫んでおりましたが、その時と同じ無責任さと苛立ちを覚えずにはいられない。山田玲司著。星海社新書、2011年10月25日第1刷発行。

概要

とある大学において「資本主義卒業試験」と題したテストが出題された。

『この問題は、過去100年間においてこの社会に起きたことをもとに、「資本主義の卒業」について論じることを求める試験である。

第一問:何が起きているのか

第二問:資本主義は何を信じたのか

第三問:資本主義社会で満たされるものは何か

第四問:何を失ってはいけないか』

このテストに対し、全学生が不合格となったことが世間で話題となる。

ある日の深夜27時、4人の男女が集まった。

場所は例の試験を出題した経済学者の研究室。

一人は漫画家。幼い頃から漫画家を志し、血の滲むような思いをしながらデビュー、ヒット作も出して夢をかなえた男。しかし、そこから苦しみが始まったと嘆く。

もう一人は女子大学生。当のテストで単位を落とし、このままだと卒業が出来ず就職の内定もパーに。

さらに、エコ国の住人。いわゆるロハスな生活から逃げてきた男。「都会人は田舎暮らしの人間関係や実態を知らなすぎる」と憤り、徹底的に現代文明を排したエコな暮らしに無理を感じている。

4人目はエゴの国の住人。大手商社の商社マンとして、社会のため、地域のためと言いながら多くの不幸を生み出してきたことを悔い、そこから脱却したいと願う。

いずれも試験の答えが知りたくて、じっとしていられなかった者たち。

しかし、研究室には肝心の経済学者がいない。

答えを得られなかった4人は、その不満をぶつけ合うように出口の見えない言い争いを始める。

感情的な議論が落ち着きを見せ始めたころ、漫画家があることに気づく。

「何時間も経っているはずなのに、夜が明けない」

その時、ドアが開いて1人の男が現れた。

「教えてあげましょう―」

私的評価

40点

明確に反論できるほどの知識も、それを言語化できる能力も持ってないのがもどかしい。

感想

作品内の漫画家の設定、ほとんど著者の経歴・背景と一緒でしょう。

若くしてデビューしたけどなかなか売れず、魂を売って描いた作品がヒット。

その後の作品は打ち切りが続き、なんとか糊口をしのいでいる状況。

結果、もともと持っていた社会への不満がさらにこじれて抑えきれなくなっている等々。

離婚云々は存じ上げないですが、それ以外は自分の知っている山田玲司。

ネット番組で色々と語る山田氏は、少々偏りのある豊富な知識とそれを面白おかしく話す技術がなかなか心地よいのだが、作品となるとどうも…

自分とは思想的なところで決定的な乖離があるようで、社会的な話題になればなるほど、理解は出来るけど納得は出来ない言説が増えていく。

この作品も例に漏れず、なんかイライラする。

それでも「山田氏が資本主義を卒業する手段として何を提示してくるのか」「資本主義に代わるシステムはどんなものか」を期待して読み進めたのだが…

結論を言えば、「そんなものはない」と。

期待外れ。

「資本主義は腐っているが、それに代わるものが思いつかない」

「資本主義が間違っていることは疑いようのない事実。だから、これに代わる新しくて誰もが幸せになるシステムを皆で考えていきましょう」。

それだけの話。

若い世代向けの新書レーベルなので、「問題提起が目的の作品」ということで納得しろということか。

それならそれで若者を舐めている。

おそらく、多くの人が資本主義というものを曖昧にしか理解していない。

自分もその一人。

なので、その定義から、少なくても本書における定義からスタートして欲しかった。 

小説としてみれば、面白みに欠ける。

漫画としては、各章の冒頭に数ページしかないので評価しようがない。

いわゆる新書としてみても、すっきりしない。

なにかにつけて中途半端な一冊。

小説と漫画の融合を狙ったのだとしても、失敗でしょう。

文字パートで作られた読者の想像を、漫画パートが定期的に台無しにする。

漫画パートでもたらされたテンポが、文字パートによって崩される。

漫画と小説とは、読み方が異なる。

その違いを楽しめるような構造になっていない。

つくづく、中途半端。

山田氏の叫びは、売れっ子漫画家に対する嫉妬にしか見えない。

ヒット作出したのに潤ったのは一瞬で、がっぽり税金で持っていかれ、節税をしようとすればやたらと消費をしなければならず貯蓄もできない。

次もヒット作を出さないといけないプレッシャーに押しつぶされながら、本当に書きたい作品を書くことができない。

これじゃ奴隷じゃないか!

何故こうなったんだ。

「好きなことを見つけて、努力して、夢をかなえるのが良い人生」だと、大人が言い聞かせてきたからだ!

なぜ大人はそんな嘘を押し付けてきたのか。

それは社会が悪いからだ!

システムが悪い!

だって俺、死ぬ思いをしながら漫画を描いてるのに幸せじゃないもん!

日本では年間に3万人も自殺者がいるってことは、みんながそう思っている証拠だ!

努力は報われなければならない!

俺たちがこんなに苦しいのは、一部の人間だけが利益を貪るからだ!

そんなの間違ってる!

どうしたらいいかは分からないけども、誰がなんと言おうと間違ってるんだ!

物語を排して説明するとこんなもの。

これに環境問題に関する主張も混ぜてくる。

地球温暖化は深刻なんだ!

温暖化は嘘だという話が広がっているのは、経済成長にとって環境問題が邪魔だからだ!

だからエコを唱える人達を偽善者にして、企業、マスコミ、政府はその流れを支持してやがる!

終始この調子。

「成長を続けないと国が滅び、成長を続けると地球が滅びる」

一見正しそうだが、本当にこの二律背反なのか大いに疑問。

でも、それを大前提として話が進む。

前提があやふやな「思い込みによる断定」の理屈に、どう納得しろというのか。

さらに、山田氏自身が本作の中でブーメランを放っている。

長くなるのでブーメランの内容は割愛するが、こうしたブーメランと、極端だけど「あるある」な例を出すあたりに引っ掛かりを覚える。

細かなところに疑義を挟みだすと、本書より分量が多くなってしまいそうなので、1点だけ。

努力は必ず報われることになっていて、報われなかった人間は努力不足だといわれる。

しかし、努力が必ず報われるわけではない。

才能がモノを言うのも一面の真理である。

しかしこれを言うと「誰もが努力次第で勝者になれる」という前提が崩れるので、資本主義社会では隠されている。

「努力→成功・勝利」を疑わないことが、資本主義社会で生きるために求められる。

そして、敗者はすべて切り捨てられる。

何なら今は、努力しなくても勝つし、そもそも戦うのは自分ではない(ポ●モンの例)。

ということを言っている。

自分は、ここに強い反感を覚える。

山田氏が大人になっても勘違いしていただけの話。

山田氏は、そこを理解しないまま闇雲に信じ続けた結果、負けを受け入れられなくなったとしか思えない。

著者は、自身の努力が全然報われていないと本気で思っている。

そして、その闇雲に信じていたことを社会や大人のせいにしている。

知らなかったのは「資本主義が隠していたからだ!」と。

平たく言うと「自分は悪くない!」と。

自分の勘違いを、間違いを認めたくないとしか思えない。

挙げ句の果てに、本書のようなものを書いてしまう。

多くの人は、小学校ぐらいまでなら徒競走で負けたとき、中高生なら部活で負けたとき等に「必死に努力をしても敵わない(叶わない)ことがある」と思い知る。

何も隠されてはいない。

高校を卒業しているのであれば、数学の授業で習うはず。

「A→B」は「A=B」ではないということを。

隠すどころか、むしろ教えている。

にも関わらず、「結果を出した人→努力をした人」を「結果を出した人=努力をした人」と勘違いし、努力をすれば望む結果が得られると思い込む。

望む結果が得られなければ、その原因は全て自分の外にあると叫ぶ。

なぜか山尾志桜里が流行語大賞を受賞した、「日本死ね」と同じ図式。

まともな人が相手にする言説ではない。

「叩いてもいい空気」の相手を見つけて、トンデモ理論で徹底的に誹謗中傷する。

ダブルスタンダードな「アベガー」さんや「フェミ」さんと同じやり方。

そういう人たちには、自身に都合のいい言葉しか届かない。

本気で嫌になる。

もう一つ、「努力」というものが人によって異なることを無視している。

ある人にとっては苦痛を伴う「努力」でも、他の人にとっては楽しい「娯楽」であるということは、往々にしてあること。

本作では出されているのは、勉強についての例。

自分は必死で勉強(努力)してやっとテストで点数を取れるのに、クラスに一人は授業を聞いただけで点数を取れる人がいる。

これを才能の問題だとして一括りにしている。

内容を楽しめるから授業だけで頭に入る人と、そうでない人の差は考慮されていない。

あるいはそこに至るまでの成長の過程で、本質を捉えたり要点を掴んだりする能力を十分に培っていて、その差が高校生になって明確に出てきたとは考えられないのか?

相手の努力が自分には見えていないだけでは?

自分に合った努力をしていないだけでは?

その他にも要素は無限に考えられる。

そういうところを完全に無視してしまうような人だから、どれだけ力説されても納得できる言説にならない。

山田氏の作品、特に最近の作品はすべてこの調子。

漫画、新書、単行本を問わず。

全ての原因と責任と自分の外に求める人間が読めば、「やっぱり自分は間違ってない」と思えて良いんでしょう。

そうやってる限り、幸せにはなれないと思いますけどね。

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