巨匠のお遊びに付き合う【感想】ビアンカ・オーバースタディ
筒井康隆による今のところ唯一の「ライトノベル」作品。非常に気になっておりました。星海社、2012年9月3日第2刷発行。
概要
道行く全ての男が振り返る。
その美貌に気圧されて、誰も声をかけることすら出来ない。
そんな「超絶」美少女・ビアンカ北町は高校二年生。
部長と2人きりの生物研究部に所属し、ウニの生殖なんてものを研究している。
しかし、それにももう飽きた。
「やっぱり、人間の生殖の仕組みをみたいなあ」
何とかして人間の精子を手に入れたい。
でも、簡単に提供してくれる男なんて…
その日を境に、生物学実験室はアブない研究室と化した。
いつしか増えた仲間と共に、
採取し、観察し、保存する。
戦わせ、交配させ、幾ばくかの寂寥を覚える。
そんな「研究」を続けるビアンカの前に、「未来人」が現れた。
聞けば未来では人間が減り、生物としても弱体化。
カマキリが巨大化し、人々を襲っているのだという。
そんな未来を救うため、ビアンカは「研究」を加速させ、未来へと乗り込んだ。
私的評価
65点。
読了後、真っ先に頭に思い浮かんだのは「あのじぃさん、全力で遊んで、途中で飽きたんやな」でした。
感想
ライトノベルってこういう設定好きやろ?
こういう書き方するやん?
こんなんどう?
という感じ。
「わたしはずっと前、ちっちゃな頃から、宇宙人だの未来人だのが、わたしの前にあらわれてくれるころを待ち望んでいた気がするの」
のセリフからも明らかなように、下地になっているのは「涼宮ハルヒシリーズ」。
イラストレーターにも同じ人を起用している。
外見だけはパーフェクトな主人公、章頭の繰り返し、「未来人」の登場、主人公以外の女の子もみんな可愛くて、どの女の子にライドするかを楽しむ。
これだけハルヒ要素がありながら、決してパクリではないのも事実。
そもそも文体が筒井氏のものであり、ライトノベル感のある文体ではない。
すぐに慣れるものの、読み始めは違和感ありあり。
「筒井氏のラノベを読む」という意識で読まなければ、なかなか内容に入っていけない。
筒井氏を知らずに、単なるラノベとして本書を手に取ると少々がっかりするでしょう。
「美しい容姿」の表現を、そのまま「美しくて綺麗」と書いてしまう。
そんな「イラストありきのラノベ表現」が散見されるものの、昭和感が拭い切れないというか、平易だけどライトではない。
涼宮ハルヒから「ラノベならでは」の表現や作法といった要素を取り出して遊んでいる。
筒井氏自身も「あとがき」で言及している「メタラノベ」として読めれば十分に楽しい。
でも、面白くはない。
筒井氏の言うところの「エンタメ」として読めばどうか。
さすがにどこか物足りない。
エロあり、ドタバタあり、SFあり。
パロディ要素もあり完全に筒井氏の主戦場なのに、ラノベであるが故に各要素の掘り下げが浅い。
タイムトラベルや遺伝子操作など、非現実を現実に落とし込むと発生するであろう諸問題。
これらをこの設定なら筒井氏はどう描くのか。
言い換えれば、このラノベを筒井康隆が通常のSF小説として書くとどんな作品になるのか。
もし実現すれば、要素が多いので単行本一冊にはおさまらないほど濃いものになるはず。
アイデアは面白いのに、中途半端でもったいない。
結果、点数としては「あまり人には薦めない」程度。
ところで、「ライトノベルの定義」とは一体どういうものなのか。
確定的な定義はないようだが、ウィキに記載された程度の情報から要件を抜粋すると、
1、青年期の読者が対象(中高生が主なターゲット)
2、読みやすく書かれた娯楽小説
3、作中人物を二次元的「キャラクター」として構築
4、そのキャラクターに合わせたイラスト(萌え絵)が随所に挿入されている
といったところ。
自分がラノベを読んでいたのはもう20年近く前。
多少ラノベのトレンドは変わっているものの、当時の記憶と照らしてみても大きくは外れていないでしょう。
筒井氏はもともと「ジュヴナイル」として低年齢向けにSF等を書いているので、①や②を狙っているなら、わざわざ本作を書く理由はない。
「ラノベが書きたい」と言って本作を書いているので、③や④が本作でやりたかったことでしょう。
筒井ワールド×二次元萌え
ラノベブームを隠れ蓑にした筒井氏らしい挑戦といえばその通り。
しかも、ラノベに対する皮肉も楽しむことが出来る。
ただ、筒井氏に続編を書く根気がなくてよかったとも思う。