「たぶん自分は大丈夫」が危ない【感想】コンピュータの熱い罠
コンピュータや科学を「先端技術」として作品に用いた場合、今読むと「時代を感じるなぁ…」となりがち。でも本作にはそれがない。岡嶋二人著。2001年3月15日第1刷発行、講談社文庫。
概要
コンピュータによる相性診断で男女を引き合わせる結婚相談所。
資産から病歴、信仰・趣味趣向等々、この世に生まれ落ちてから今に至るまでのあらゆる個人情報を集積・解析し、最良のパートナーを見つけ出す。
そこのオペレーターが、自らの恋人の名前を会員の中に見つけたところから事件は始まる。
勝手に増殖するデータ。
お見合い、婚約、と知らぬ間に着実に進んでいく恋人と誰かとの関係性。
そして、殺人。
コンピュータというブラックボックスは、天使にも悪魔にも、いとも容易く姿を変える。
私的評価
75点。
今で言うビッグデータを題材にしたサスペンス。チープ過ぎる表現なのであまり使いたくはないが、それでも「ようやく時代が追いついた」と思わされる作品。
感想
物販から流通、保険、クレジットカード等々、日常生活のあらゆる場面に入り込む一大企業グループ。
その個人データ収集部門という位置づけで設立された結婚相談所が物語の舞台。
楽○が舞台だと思えば分かりやすい。
正直、ミステリーとしての真相というか、動機やら事件内容、つまりは人間の動き自体にはチープさ漂う。
しかし、その背景や手段がずば抜けて分かりやすくて示唆的なのが、この点数になった理由。
そしてもう1つ。
手元にある本の発行は2001年だが、もとは1986年に光文社から刊行された作品。
なので、パソコン通信が全盛期に差し掛かる頃、インターネットが一般に開放される前のこと。
あらゆるデータをオンラインでリアルタイムに共有すること自体が、おそらくまだまだ構想段階レベルだったのではないかという時期でしょう。
さらに、そこに集まったデータを一元化し、ビッグデータとして活用するなんて発想は、一般人からするとSFの世界のはず。
しかし本作は、今を生きるが故にSF的サスペンスとしては読むことが出来なくなった反面、今を知っているからこそリアリティを感じることが出来、恐ろしさを実感することが出来る。
法制度やらパンチカードが現役な部分等に関しては若干時代を感じさせるが、「全く触れない訳にはいかないから」程度の記述なので作品の質を下げない点も素晴らしい。
むしろ問題の本質を柔らかく包み、伝わり易くしている。
堅苦しい表現なく、なめらかに物語が進み、じわじわと不気味さを引き上げる。
便利さの裏に潜む危うさ。
見えているものに対する盲目的な信頼への危うさ。 そして、デジタル世界は「善意」によって支えられていることを感じさせる一冊だった。