ミステリーとロードノベルの中間的な小説。【感想】まひるの月を追いかけて
自分たちが今生きているこの地球・世界・社会・時間といったものと平行した別世界が確かに存在しているのを感じる作品。恩田陸著、文春文庫2008/7/25、9刷発行。
概要
年賀状など、最低限の繋がりしかない異母兄弟の兄。
その兄が失踪した。
静は、兄の彼女に連れられるまま、兄を捜す旅をすることになる。
早春の奈良、最後に兄の辿った道を2人で辿るうち発覚する様々な事実。
何故失踪したのか、
一緒に旅する彼女は本当はいったい誰なのか、 そしてこの旅の終着点はどこなのか…
私的評価
81点。
恩田氏の作品はどれも好み。ただ、続けて読みすぎると飽きてしまいそうで躊躇してしまう。今ぐらいのペースで、ちょいちょい手を伸ばすぐらいが丁度いい。積ん読の中に安心して読める一冊があるのは、どこか心強い。
感想
ミステリー色はあまり濃くないものの、次々と発覚する事実が物語をひっくり返す度に、その世界へと引き込まれる。
奈良に行った時の、懐かしいような、寂しいような、荘厳のようで寂れたような。
そんな不思議で妙な感覚をビシッと言い当ててくれる恩田氏の表現力と語彙力に感動すら覚える。
この人の引き出しは一体どうなっているのか。
簡単に過ぎ去り忘れるほど些細なものの、誰もが身に覚えのある確実に非日常な感覚。
そんな感覚を、どうしてこんなに的確に表現できるのか。
月並みな言い方をすれば、「恩田ワールド全開」。
この”ワールド”という表現。
通常はその作家”らしさ”や個性的な雰囲気を示して使われる言葉だが、恩田氏の作品の場合はそれ以上に、まさしく”世界”が別にある。
全てが自分たちと同じだけれど、全てが自分たちと少しずつ異なるパラレルワールド。
恩田氏の作品は、全てその世界で起こった事象。
「夜のピクニック」も「図書館の海」も「六番目の小夜子」も「ネバーランド」も「ドミノ」も、全て同じ世界での出来事。
恩田氏は向こう側の世界で起こったことを、作品を通して紹介している。
そんな印象を受ける。
自分達も、知らず知らず、瞬間瞬間ではそちらの世界に行っているのでしょう。
その時に日常と異なる感覚を受けている。
自分達はその感覚を、旅行など日常から離れた時に感じるので別世界に行ったとは思っていない。
そこに恩田氏は気がついて、世界を行き来出来るようになったのではないだろうか。
向こうの世界での出来事を、向こうの世界の表現で表す。
その表現が、こちらの世界に一歩入ると全く異なった意味を持つ。
恩田氏にとっては単なるルポタージュが、こちらの人々の記憶の奥底にある、表現できない感覚を擽って引き出す。
こんなことが出来るのは恩田氏の他には居ないでしょう。
恩田氏の作品を読む度に、つくづく感嘆させられます。