脚本家の書く小説とは相性が悪い【感想】深紅

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野沢尚著、講談社文庫の2005/6/15第13刷発行。吉川英治文学新人賞受賞の作品。特別な読後感を得なかったというのが率直な感想。内山理名、堀北真希、水川あさみ、安めぐみなど、当時の若い綺麗どころを集めて2005年に映画化。

概要

その日、少女は小学生生活最大のイベント、修学旅行に行っていた。

楽しい思い出になるはずの夜、急きょ呼び出された少女は事情も行き先もロクに知らされぬままタクシーに乗せられ、ひたすら夜の高速道路を運ばれる。

一家惨殺事件。

タクシーでの「4時間」は、彼女を事件の遺族として生きるための通過儀礼としてその後の人生に巣食う。

やがて大学生となった彼女は、遺族としての側面を「隠れ家」に押し込めて平和に暮らしていた。

犯人の死刑判決が確定するまでは。

そして犯人の娘の居所の一端を掴むまでは。

自分の素姓を隠して接近し、「隠れ家」に押し込めた感情を徐々に表面化させるかつての少女。

一方、当然のことながら、犯人の彼女も事件を境に非凡な感情を押し殺して生活をしていた。

徐々に親睦を深めた2人は、自分たちを狂わせた「犯罪」に自ら手を染めることで事件後の人生にケジメをつけることを決意する。

私的評価

60点。

どうも、脚本家の書く小説は表面的で説明的な感じがしてしまい、馴染めない。

感想

設定は面白いし、前半はその後の展開を期待させる非常に良い出来。

しかし後半、結局落ち着く処に落ち着いてしまったという印象が拭えない。

もっと衝撃的な結末を期待させるだけの前フリだったので非常に残念。

本書の解説によると高橋克彦氏は「野沢氏は後半にこそ力を注いだ」と感じたそう。

残念ながら、自分はまだそう感じられる程の読書家にはなっていないということでしょう。

それとも、作家だからこそ分かる「注力の痕跡」みたいなものがあるのでしょうか。

いずれにせよ、映画化されるほどの名作ではない。

作者も脚本家ですし、映画化・映像化が前提の作品なのでしょう。

自分にとって小説は、自ら脳内で映像化をするもの。

文字や行間から読み取れる範囲内で、自由に絵を想像する。

上手い、面白い小説であれば、その脳内映像が勝手に動く。

「文字を読んでいる」ということを忘れるほど、自然と物語が流れていく。

しかし、脚本家の書いた小説の場合、どうもそれが上手く行かない。

著者の脳内で描いた映像を、そのまま文字化して伝えているのが大多数の小説。

脳内で描いた物語を実際の映像に一度変換してから文字化したのが脚本家による小説。

そんな印象。

後者は「フィルターを通した」といっても良い。

そのフィルターが、どうも悪さをしているらしい。

面白く感じられない。

何年か後、再読した時にはまた違う感じ方をするのでしょうか。

とはいえ、自発的に再読するとは思えないし、「野沢氏の他の作品も読みたい」と思える作品でもありませんでした。

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